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情緒だけではない!古きよき住まいの知恵




伊勢街道に面して建つ松阪商人の館は、街道筋でもひときわ立派なお屋敷です
これまで当サイトでは、やなどのシリーズや、、などで、古きよき住まいのよさをお伝えしてきました。
確かに、これらの記事でご紹介してきた「古きよき住まい」たちを訪れては、それぞれ独自の味わいやよさに感心したり、古く懐かしい内外装に感嘆したりしてきました。けれども、実は、単に情緒的な良さや美しさをお伝えしたくて、これらの家々をご紹介してきたわけではありません。
それでは「古きよき住まい」の何を伝えたかったのかというと、それは一言で言うと「アイデア」になります。快適な暮らしを営むための先人の「アイデア」は、「古きよき住まい」のあちこちに息づいています。これらの「アイデア」の中には、現代の住宅にも通用するだけでなく、実は、最新住宅でも十分に昇華しきれていないものさえあるのです。
それでは、そういった先人の「アイデア」を、「松阪商人の館」を例にとってお話しましょう。

松阪商人の館とは?


「アイデア」を見る前に、まず、「松阪商人の館」の概要を説明しておきましょう。
「松阪商人の館」は、三重県・松阪市にある江戸時代に紙や綿布で材を成した豪商、小津清左衛門の邸宅です。17世紀から18世紀初頭に建設された建物で、約1100m2の敷地に、延べ約545m2の木造2階建ての主屋と、約73m2の木造2階建ての内蔵、約85m2の木造2階建ての前蔵のほか、井戸屋形、木造平屋建ての厠棟などが点在しています。


蔵が3つもあったせいか、大きなお屋敷にしては押入れなどの収納が少ないのがこの館の特徴です。けれども、階段下のスペースをムダにせず収納にしているのは、やはり効率を追求した商人の館だから?


日本の古い家屋には珍しくない(?)天窓。台所や調理場など炊事場に採用されていることが多いのは、機能的な理由からでしょうか
現在では、小津家に残る品々を展示した資料館として、一般に公開されています。展示品の中には、当時の奉公人の給金がわかる書きつけなどもあって、最近、江戸時代の暮らしに興味をもちはじめた私にとって、興味深いものもありました。
豪商の館というだけあって、広々とした敷地にゆったりと建てられた建物は、それだけで充分な情緒があるものです。それだけでなく、建物が面している道も、その昔、お伊勢参りの旅人が行き交った参宮街道の「伊勢街道」だったり、付近には、財閥の三井グループの礎を築いた三井高利が生まれ育った「三井家発祥地」もあり、いにしえを偲ぶのにはもってこいのエリアといえそうです。

館に息づく先人のアイデア


まず最初にご紹介する「アイデア」は、現在の住宅にもよく取り入れられているものです。それは、階段下の収納と天窓。
階段は、写真を見るとおわかりのように、引出しと引き戸のついた収納となっていて、階段下のデッドスペースを収納として使い切っています。この場所は、台所とされている部屋ですが、この収納のほかに、物入れなど大きな収納がありませんので、ここに何を収納していたかを考えると興味深いスペースです。
また、この台所に面した土間の天井部分に天窓が設けられています。かまどなどがあることから、炊事のときの煙などを逃がす役目と、採光のために設けられたものでしょう。これらは、現代の住宅にも取り入れられていることが多いアイデアです。でも、江戸時代からあったものだと思うと、感慨深いですね。
さて、では、この館ならではの現代の住宅にはあまり取り入れられていない「アイデア」や、取り入れられていても、現代の住宅ではここまでうまく昇華されていないものを紹介しましょう。
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こんなところに!?と驚く開口部。今も昔も通風に工夫を凝らしていたんですね

こんなところにルーバー!?


この館を見学していて驚いた「アイデア」が写真の開口部。庭に面した廊下の戸と天井の間に設けられています。現代風に言えばルーバーなのでしょう。深い軒のために光が通らないことから、通風のためだけに設けられているものだと考えられます。スリットがあけられた2枚の木製のルーバーをスライドさせて、開口の大きさを調整することで、通風量の調節も可能です。
現代の住宅でも、窓シャッターに通風機能を持たせたものがありますが、ここまで大胆に躯体に通風口を開けた物件は見たことがありません。これは、大きな館の一つのフロアを襖で仕切っていくつかの部屋にしているため、それぞれの部屋に充分な通風を得るための工夫なのではないでしょうか。この考えは、次に紹介する「アイデア」にも通じています。
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これも通風のためのアイデアでしょう。でも、ちょっと忍者屋敷風!?
次の「アイデア」は、床の間の横に設けられた引き戸。写真のように、表座敷の床の間の横の扉を開けると、小さな板敷きのスペースを経て奥座敷に通じるようになっている点です。床の間の横の小さな引き戸を、部屋間の行き来に使用していたとは考えられないので、これもおそらく通風のためではないかと思われます。庭に面した部屋だけでなく、建物の中央にある部屋にも風を入れるのに、好きな分だけ開けたままにしておける引き戸はとても有効ですね。もちろん、日常的な通風に使用するのは夏期のみで、冬期は、この小さな板敷きのスペースはものを一時的に置く場所としてでも使用していたのでしょうか。
実際、この引き戸を開けておくと、庭から表座敷を経て奥座敷、裏庭へと涼しい風が通ります。見学したときは気温37度の猛暑の中でしたが、ほの暗い座敷の中で感じるひとふきの風が心地よかったことを思い出します。ひょっとしたら、この風の通り道に廊下の木製「ルーバー」が一役かっているかもしれません。
昔の木造住宅では、長持ちさせるのには充分な通風が命だったと言われています。そんなことから、このような工夫がさまざまなところでなされているのでしょう。現代の住宅でも、このような工夫で自然の通風が得られれば、エアコンに頼る換気の割合を減らすことができて、快適なうえ省エネ、しかも健康にもいいかもしれません。
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格子は和を感じさせる代表的なアイテムでしょう。機能に優れているだけでなく、空間に美しい陰影をつくります

格子の効用


私が最も感心したのが「格子」の使い方です。写真の格子窓は、館の入り口、「見世の間」の伊勢街道に面した部分にあります。現在でも、そこそこの交通量のある通りですが、当時は、伊勢神宮に参拝する人々で賑わっていたと思われます。そんな通りに面した開口部に格子を使用するのは、自然の成り行きだったのでしょう。プライバシーに配慮しながら、通風と採光を確保するこの「アイデア」は、こんな昔からあったのです。
しかも、この館の格子は、室内側に障子があって通風と採光の量を調節できるようになっています。さらに、この格子が建物の外観のイメージを決定する重要なデザインポイントにもなっています。もちろん、この時代の建築としては当たり前の手法だったのでしょうが、プライバシー確保、通風、採光、デザインと、ひとつのアイテムで4つの役割を果たしているのは素晴らしいと思います。
現在でもこの格子は、一部の建築家の方が建てる住宅や、高級和風住宅が採用していたり、エクステリア商品として販売されたりしています。けれども、一般的に普及している住宅には、まだまだ取り入れられてはいないようです。防犯を考えて窓という窓に安易に面格子を付け、牢屋のような家になるくらいなら、最初からデザインを考えて外観のある一定のボリュームを、こういった格子にするのもいいアイデアなのではと思います。

古さや情緒にひたるだけではもったいない!


さて、ここまで「松阪商人の館」にみられる「アイデア」を紹介してきました。ここに紹介したことからも、快適な住宅をつくる「アイデア」は、実は意外と古くからあるものだということや、「古きよき住まい」のよさはそういった「アイデア」の蓄積があるからということも、おわかりいただけたと思います。
「古きよき住まい」を見学する意味は、その古さや情緒だけに懐かしさや良さを感じるだけのものではありません。その住宅に蓄積された先人の「アイデア」が、現在までどう生き続けているか、生かされているかを見るのが大切なのです。古さや情緒だけしか見ないのは、すごくもったいないことだと思います。その上で、長年住み続けることで生まれる柱や梁、建具などの使い込んだ感じや傷が、味わいや愛着を育んでゆくのでしょう。

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