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インナーゲーム オブ ジャズ Part1

ジャズ演奏に生かす「インナーゲームの考え方」




新インナーゲーム 心で勝つ! 集中の科学
ガルウェイ著、後藤新弥訳、日刊スポーツ新社、2000年。インナーゲームとは、心と体の連係を考察しながら、自分自身の内側を引き出すための発想法。「集中力」にスポットを当て、分かりやすく画期的な方法でメカニズムを説明する。76年刊「インナーゲーム」の改訂版。
基礎練習を重ね、スタンダード曲を暗譜し、過去の名演をコピーする。フレーズ集を繰り返し練習し、難しい音楽理論を学ぶ。

しかし、そうした努力もむなしく、セッションやライブで思うような演奏ができなかったという経験を持たないミュージシャンはいないだろう。「ちくしょう、またやっちまった。何で俺の指はこんなに思うように動かないんだ」と。

ここに一冊の本がある。『新インナーゲーム 心で勝つ! 集中の科学』(ガルウェイ著、後藤新弥訳、日刊スポーツ新社、2000年)。テニスにおける心理的な問題を扱った本書で展開されている心と身体の問題は、ジャズ演奏者にとっても多いに参考になるものだ。

論理的かつ、具体的な心身論である「インナーゲーム」の考え方を、あなたの演奏、練習に取り入れてみてはいかがだろうか?
から「インナーゲーム的ジャズ演奏」を考える!


自由な演奏を妨げているのは誰か?


あなたはステージに立っている。一か月振りのセッションだ。先月失敗した「all the things you are」のアドリブをこの一か月、必死に練習してきた。今日はリベンジマッチだ。

店に入ったあなたは周囲を見渡す。先月も共演した顔ぶれもちらほら見える。あなたは考える。「できればあの緑Tシャツがドラムのときに弾きたいな。あのメガネのトランペットが一緒になるのは勘弁してほしい。ピッチが悪いからこっちの演奏まで悪く聞こえてしまう」

残念ながら、あなた目当てのドラムとも一緒になれないし、一緒にテーマを演奏するのは避けたかったトランペットだ。あなたはカウントを出す。1,2,3。「ああ、やっぱりだ。いきなりピッチを外しやがって。リズムもぐだぐだじゃないか・・・」

あなたのソロになる。あなたは「ここは一番、かっこいいところを見せよう」と考える。16小節目からサビにかけては、しっかりとフレーズを仕込んできた。その山場に向けて、どのフレーズをつないでいこうか考える・・・が、9小節目でミストーンが出てしまい、リズムがもたる。そのリズムにドラムが釣られる。連鎖反応でバンド全体のサウンドが盛り下がる。

サウンドが盛り下がった中では、せっかくの仕込みフレーズも生きてこない。一瞬迷ったが、せっかくなので、盛り上げに使えそうだと思った仕込みフレーズを披露する。しかし、リズムがぐずっているなかでは、誰もそんなものには耳を貸さない。

演奏を終え、ステージから客席に戻ったあなたは歯噛みする。「ああ、最悪だ。せっかく練習してきたのに、ダメな共演者のせいで、ひどい目にあった」と他人を責める。しかしその後すぐに、あなたは謙虚にも、自分について反省しはじめる。「いや、他人を責めてもしょうがない。自分の音が、リズムが、もっとしっかり出ていれば、そもそも彼らのリズムもぐずらなかったかもしれない」

時間とともに、他責は自責に移り変わっていくだろう。いや、謙虚な日本人の多くは、ステージに立っている最中から、自責モードに入っているかもしれない。このエピソードで紹介した彼も、本人の自覚はないかもしれないが、小さなミスの度に、反省に反省を重ねていたかもしれない。

さていま、「自責」と書いたが、はたして「誰が誰を責めている」のだろうか? 実は、このように問い返すことから、インナーゲーム的ジャズ演奏の扉が開かれる。
では、インナーゲームの核心「セルフ1」と「セルフ2」について解説する



セルフ1(自分)とセルフ2(自身)


インナーゲームの著者、ガルウェイは、テニスレッスンの中で、生徒が自分で自分を責めている姿を見ているうちに、「誰が誰を責めているのか?」という問いを抱き、ある仮説にいたった。人間の中には、考え、評価し、判断し、命令するセルフ1と、実際に動くセルフ2がある。人が「自分で自分を責める」というのは、セルフ1がセルフ2を叱責し、命令に従わないセルフ2にあきれ返っているという状況だ。「何で俺の指はうまく回らないんだ?」という自責は、まさにこれにあたる。

日本語の場合、よくできた訳語を『インナーゲーム』訳者の後藤新弥氏があてている。セルフ1に「自分」、セルフ2に「自身」とあてる。「自分」が「自身」を命令どおりに動かそうとし、その命令に従わない「自身」に失望し、落ち込んでいる……といわれれば、多くの人には思い当たる節があるのではないかと思う。

セルフ1を黙らせてみよう!


さて、ここまでは「インナーゲーム」を理解するうえでの前置きである。ガルウェイが、セルフ1、セルフ2と置くことによって発見した、「物事をうまくやるコツ」はシンプルなものだ。それは「セルフ1を黙らせ、セルフ2の好きにやらせたほうが、飛躍的な上達が見られる」ということである。

なぜそうなるのか? とか、そんなはずがない、とか、セルフ1やセルフ2というが、そんなものに科学的根拠はあるのか? といった問いは口にするだけ野暮というものだ。ガルウェイ自身も「インナーゲームは宗教ではない」と強調し、とにかく自分で試してみることを進めている。

では、具体的に「セルフ1を黙らせ、セルフ2の好きにやらせる」とはどのような状態なのだろうか。ここでは、楽器を使ったゲームをやってみよう。これはあくまでゲームであり、練習や訓練ではないことを了解したうえで取り組んでみてほしい。

(1)課題となるフレーズを1つ選ぶ。長いものでも短いものでもよいし、楽譜でも耳コピーしたものでもよい。できれば、自分が上手く弾けないもの、もっと上手く弾きたいと思っているものを選ぶ。

(2)メトロノームに合わせてフレーズを弾く。音符に忠実に弾いたり、スウィング感、グルーヴ感を高めるように気をつけて弾いたり、すごく早いテンポ、遅いテンポなど、いろんな弾き方を試す。

(3)さてここからが「インナーゲーム」の本番だ。以下の練習では、(2)で気をつけていたポイントをすべて忘れる(「忘れる」というのは、それらの基準で「よい」「悪い」という判断をすることをやめる、ということ)ことが大切だ。フレーズなどは1~2と同じでよい。

(4)自分が出している音を聴くことに徹する。あたかも、CDから流れている音を聴いて、楽しむように。このときに重要なのは、自分の演奏をコントロールしようとしたり、評価(今の音はダメだ、とか、リズムが外れた、とか)することを止める。とにかく、自分の音を聴くことに集中する。

(5)自分の運指に全神経を集中する。しかもそれは、正確な運指をコントロールするのではなく、自分の指が今、どのように動き、どれくらいの圧力をかけ、どの筋肉がこわばっているのか、ということを第三者的に観察する。

セルフ2の潜在能力


さて、(4)~(5)といった「ゲーム」に取り組んだ読者の中には、自分の演奏する音に変化が現れた人もいるかもしれない。その場合は、その変化を忘れないようにしようとか、分析しようとする必要はない。その状態をただただ、楽しむようにしてほしい。

もちろん、そうした現象が現れていなくても問題はない。これはあくまでゲームであり、ここで重要なのは、セルフ1(自分)が、セルフ2(自身)を評価したり、コントロールすることをいかに止め、自分の出す音や、自分の身体がもたらす情報に集中できるかということである。

これは案外難しいゲームである、ということがやってみた人にはわかるだろう。そしてその難しさに気づいたとき、同時に気づくのは、これまで演奏の最中、いかに自分の音や自分の身体の状態に耳を傾けていなかったかということだ。

それでは、演奏するうえで一番耳を傾けるべき自分の音に関心を寄せないで、これまでセルフ1(自分)はいったいどこに神経を集中してきたのだろうか? 答えは前ページのエピソードの中にある。セルフ1は、セルフ2に命令し、セルフ2が言うとおりにできないことを叱責し、失望することに忙しかったのだ。

セルフ1を黙らせることで、セルフ2の潜在能力を最大限に発揮させる、それがインナーゲームの基本的なコンセプトであり、ここで紹介した方法は(ガイドがジャズ向きにアレンジしたものではあるが)、その代表的な方法である。
では、インナーゲームについてのよくある疑問に答えます!



インナーゲームに対する疑問


前ページまでに述べたインナーゲームに対する疑問はいろいろと考えられるが、大きくは次の2つに集約されるだろう。

(1)インナーゲームとは要するに思考放棄を促しているのか? だとすれば、それは音楽演奏には向かない理論ではないか。なぜなら、楽器演奏というのはあくまで意思の力で楽器をコントロールすることであるからだ。身体を意思の支配下に置かずに、どうして楽器が演奏できるのだ?

(2)インナーゲームがセルフ1の問題点を指摘していることは理解できた。しかし、人間にとって「考えない」ということは不可能ではないか? 悟りを開いたお坊さんではないのだ。どうやればそんなことが可能になるのか? そこに答えない限り、インナーゲームは絵に描いた餅のような理論ではないか。

まず、(1)については、先にも述べたとおり、インナーゲームは個々人が「やって、確かめる」以外に答えが出ない(つまり、科学的な証明は不可能)理論だと私は考えている。

とはいえ、理論的にその答えに迫れないこともなく、私もそのことに興味があるので、この記事の続編Part2として、インナーゲームの理論的な側面について考察する予定だ。こちらは興味のある人に読んでいただければよいと思う。

一方、(2)については、インナーゲームが、極めて具体的な方法論をもった「ゲーム」であるということが、お答えになるのではないか、と考えている。こちらについては、12月アップ予定のPart3をご参照いただきたい。

演奏家のための「こころのレッスン」―あなたの音楽力を100%引き出す方法

演奏家のための「こころのレッスン」―あなたの音楽力を100%引き出す方法
バリー・グリーン、ティモシー・ガルウェイ (著), 辻秀一、池田並子、丹野由美子 (翻訳)。音楽之友社、2005年。
もしかすると、ここまで読んだ読者の中には「インナーゲームとは“コーチング理論”のことではないか?」と感じた方もおられるかもしれない。私はその2つの理論がどのようにつながっているのかの歴史的経緯をまったく知らないのだが、たしかに両者はそっくりである。ただ、コーチング理論が基本的に「コーチ」と「生徒」という存在を置くのに対し、インナーゲームの基本はあくまでも個人であり、その方法論も個人が用いるものであるというところが、独特ではないかと思う。

また、インナーゲームを楽器演奏に生かそうという試みは、『演奏家のための「こころのレッスン」』という本で展開されている。もし、本稿を読んで、本格的に取り組みたいと思う人がいたら、こういった本を参考にされるのもよいかもしれない。

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