1950年~1954年
日本国内興行年間No.1作品と10内名作映画を振り返る

1950年の国内興行No.1ヒット作『宗方姉妹』1950年:No.1ヒットは小津安二郎監督作品で、戦後の日本の家庭の崩壊を描いたシリアスな『宗方姉妹』です。2位『自由学校』、3位に『佐々木小次郎』と邦画が続き、アメリカ映画・ディズニーアニメーションの『白雪姫』が4位と健闘しました。 1951年:No.1ヒットは大映創立10周年を記念して創られた『源氏物語』で、本作の監修を文豪・谷崎潤一郎が担当し、主演が大人気の二枚目俳優・長谷川一夫です。5位にアメリカの西部劇『白昼の決闘』、8位にセシル・B・デミル監督の史劇『サムソンとデリラ』が入りました。 1952年:太平洋戦争で戦場となった沖縄を舞台に、最前線へ駆り出された女学生たちを描いた『ひめゆりの塔』が、アメリカ映画の『風と共に去りぬ』を超える国内No.1ヒットとなり、この時代はまだ邦高洋低(邦画の興行収入が洋画を上回る)だったのですね。黒澤明監督の不朽の名作『生きる』は興行収入の10内には届きませんでした。

1952年の国内興行No.1ヒット作『ひめゆりの塔』1953年:No.1ヒットは『君の名は・第2部』で、続く2位が『君の名は・第1部』でした。当時の配給収入で1億いけば大ヒットの時代に「1部・2部」の合計で5億5千万も稼ぎ出したオバケ映画ですね。3位にはアメリカ映画の『地上最大のショウ』、4位の西部劇『シェーン』が興行を賑わせました。 1954年:のNo.1ヒットは前年から引き続き『君の名は・第3部』でした。あの黒澤明の代表作『七人の侍』が4位、オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』が3位と知ると、『君の名は』人気の凄まじさがわかりますね。
1955年~1959年
日本国内興行年間No.1作品と10内名作映画を振り返る

1955年の国内興行No.1ヒット作『赤穂浪士 天の巻・地の巻』1955年:のNo.1ヒットは群を抜いて東映「赤穂浪士第1弾」の『赤穂浪士 天の巻・地の巻』で、戦後製作の「忠臣蔵」の中でも秀作の呼び声の高い作品です。2位に、ガラガラ蛇、サソリなどアフリカ砂漠の生態を追ったディズニー映画の変わり種ドキュメンタリー映画『砂漠は生きている』の大ヒットには驚きです。 1956年:No.1ヒットは前年に続いて東映の『任侠清水港』で、次郎長と石松の絆を主軸に描いた一篇。この年はアメリカ映画がヒット作を量産してきます。2位にジェームズ・ディーンの遺作『ジャイアンツ』が、3位に『海底二万マイル』、4位『戦争と平和』と続き、そして5位に邦画の黒澤明監督作『蜘蛛巣城』がつけました。 1957年:ワイドスクリーンで繰り広げられる日本海海戦のクライマックスでセンセーショナルを巻き起こした『明治天皇と日露大戦争』がNo.1ヒット作となり、続いて2位に名匠 木下恵介の秀作『喜びも悲しみも幾歳月』。4位に日活の『嵐を呼ぶ男』、7位に『錆びたナイフ』がヒットして石原裕次郎人気が頂点の時でした。

1957年国内興行No.1ヒット作『明治天皇と日露大戦争』1958年:は大映の『忠臣蔵』と日活の『陽のあたる坂道』の激戦でしたが、タッチの差で『忠臣蔵』がNo.1ヒット作となりました。4位には東映の『忠臣蔵』が入っていて「赤穂浪士ブーム」だった50年代(1955年No.1ヒット作も)。名作では黒澤明監督作『隠し砦の三悪人』が5位という結果です。 1959年:No.1ヒットは、清水次郎長を片岡千恵蔵が、国定忠治を市川右太衛門が演じた『任侠中仙道』でした。7位に『人間の條件 第3・4部』が入ります。この年の外国映画の最大のヒット作『リオ・ブラボー』は10内に入りません。依然邦画が強い時代でしたが、翌年(1960年)の国内No.1ヒット作が『ベン・ハー』となり徐々に外国映画が押してくることになるのです。
続きまして「50年代の全米No.1ヒット作&名作選」を近日アップいたします。お楽しみに。
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